2008-03-27 21:08 | カテゴリ:学園
梅田望夫(IT企業コンサルタント) 1960年-。慶応義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学科修士課程修了。1994年より米国シリコンバレーに住み、コンサルティング会社ミューズ・アソシエイツを創業。


 教師にとっての3月は本の整理の月でもある。本の取捨選択をする中で『ウェブ進化論』が手に止まった。
 この本が登場したのは2006年2月1日。みるみるランキングを上げていき、とうとうトップに躍り出た頃には書店を探しても手に入らないということもあった。国内でインターネット系の本がこれほどまでに人々に受け入れられた例はかつてなかった。
 「ウェブ進化論」を「名作」というのはあまりに早急すぎるのかもしれない。ただ、どのくらい経過したら…と考えると、これまで紹介されてきた作品が50年~150年前のもの(!)。安心して「名作」と言うには最低であと50年の様子見が必要ということになる。
 しかし、「ウェブ進化論」的に言えば、「あちら側」にあるものが「こちら側」に近づいてくれるのを待つのは無意味だろう。「あちら側」にあるはずの世界は、いつの間にか「こちら側」の周囲を当たり前のように取り囲む。世界は変わっている。その時、何が「名作」かを決めるのは、今現在の「こちら側」の価値観ではない。
 今現在の価値観が、たとえどんな権威や支持を得ていようとも、その多くが自然に消滅してしまう運命にあるのならば、頼りになるのは自分自身の「直観」だけとなる。
 やはり、インターネット発祥以来の情報革命の全体像を、初めて総括的に、しかも圧倒的な数の読者に提示しえたという功績は認めざるを得ないだろう。
 2006年の2月初旬。この本を読みすすめながら、著者梅田氏のブログ(「My Life Between Silicon Valley and Japan」)を眺め、トラックバックの記事にも目を通す。正直、インターネット関連でこれほど一つひとつの文章にうなずき、納得できる本もしくはネット上の情報に出会ったことがなかった。トラックバックの中に、「ネット界で試行錯誤してきた中で漠然と考えてきたことを、霧が晴れるように整理してもらったような思い」(『こども省』)という記事を見つけたが、まったくの同感である。
 ほとんど知らない土地で、直観だけを頼りに「いけそうなモノ」「面白いモノ」を鼻で嗅ぎ取りながら歩いていたところに、「この土地はこうなっているんだよ」と親切な案内図を渡してもらった。そんな感じである。そして、この本に一貫して流れている著者の考え方には、正直大いに勇気づけられた。

「もちろんウェブ進化についての語り口はいろいろあるだろう。でも、私は、そこにオプティミズムを貫いてみたかった。これから直面する難題を創造的に解決する力は、オプティミズムを前提とした試行錯誤以外からは生まれ得ないと信じるからである」(p.246)
この本の中でも述べられているが、この頃の日本国内のインターネット観は、善悪で言えば「悪」、開放性の「可能性」よりは「危険性」のほうに傾いていたのである。その状況は、圧倒的なインターネットの力が示す日常的な成果を前にしてずいぶんと改善されてきた。
 その改善がさらに進んだ要因に、この本をきっかけに広く知られるようになる「Web2.0」という言葉がある。この新しい言葉は、なかなか説明するのも難しいにもかかわらず、新しい時代や社会の到来を予感させる言葉として好意的に迎え入れられた。この予感が人々のインターネットに対する感覚を「可能性」の方角へ向けさせた。
 ここでは、「Web2.0」についてeベイの創業者ピエール・オミディヤーが語ったという答えを引用しよう。
「道具を人々の手に行き渡らせるんだ。皆が一緒に働いたり、共有したり、協働したりできる道具を。『人々は善だ』という信念から始めるんだ。そしてそれらが結びついたものも必然的に善に違いない。そう、それで世界が変わるはずだ。Web2.0とはそういうことなんだ」(P.122)

引用だけでは甚だ漠然としているかもしれないが、学園ホームページでご覧頂いている動画システムや画像アルバム、そしてブログを含めて、この「(Web2.0系の)道具」である。ただし、ブログを除いて、ネット上のさまざまなサービスは米国のものが圧倒的に進んでいる。だから、どうしても英語版しかないようなサービスを利用することになる。本音を言えば、日本のサービスの発想そのものが「Web2.0」以前に止まっており、基本的に高い費用がかかる。しかも「使えない」。
 何かが違うのである。いったい何が違うのか。
 「ウェブ進化論」はこの違いを、シリコンバレーの歴史を振り返りながら全体を俯瞰する視点から解き明かしている。「あちら側」と「こちら側」、グーグルVsマイクロソフト、オープンソースと従来型ソフトウェア、米国と日本、「知の世界の秩序の再編成」と「これまでの知の世界の秩序維持」といった切り口で2006年当時の状況が解明されていく。
 特に、この本によってその凄さが広く知られるようになったのがグーグルの存在である。「増殖する地球上の膨大なデータをすべて整理し尽す」という理念をうちたて驚異的な成長を遂げるグーグル。梅田氏は「あちら側」の代表的企業としてその実力を紹介し、当時国内でIT企業と目されていた日本の楽天などの企業との違いを明示した。さらに、その独特の組織の在り方について次のように説明している。

グーグルの「優秀な人間が、泥仕事を厭わず、自分で手を動かす」という企業文化は、情報発電所構築においてグーグルが競争優位を維持し得る源泉の一つである。(P.72)

おそらく、このようなグーグルのあり方や理念の持ち方は、これからの若者たちにとっての理想の企業イメージとして定着していくのではないだろうか。私ですら、自分の実力を顧みず、そういった集団で働くことを夢見てしまうのである。昨年、学園による1名の募集に対して700名の応募があったという事実にも驚いたが、グーグルには世界中の若者たちから一日平均1500通以上の履歴書が送られてくるとのことである。
 この本が出てから丸2年。かつて世界中の政府に衝撃を与えたと言われる「グーグル・アース」も今ではまったく当り前のものになってしまった。学園を住所で検索すると、校庭にいる人とその影の形まで確認できる。「あちら側」から「あいさつ代わりに」くりだされた「道具」は、すでにこちら側の世界でも常識となっている。その後の展開を見ても、世界はこの本が解明し、予測した方向へ確実に向かっているようである。

<社会科 金子 暁(さとる)>

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
(2006/02/07)
梅田 望夫