2009-06-26 12:50 | カテゴリ:学園
ヴィクトール・エミール・フランクル(1905年3月26日 - 1997年9月2日)精神科医、心理学者。アドラーやフロイトに師事。「第三ウィーン学派」として、元々知られていたが、第二次世界大戦中、ユダヤ人であるが為にナチスによって強制収容所に送られる。ここでの体験をもとにした『夜と霧』は世界中で読み継がれ強制収容所で起こった事実を後世に伝えている。




会いたくても間に合わなかった出会いがある。

もちろん、かろうじて間に合ったという体験もあるのだが、「どうしてもっと早く気付かなかったか」と自分の迂闊さに恥じ入ることのほうが圧倒的に多い。私にとってヴィクトール・フランクルはその一人だったと自分勝手に思っている。

会おうと思ったら会えるチャンスはあったのだ。

本書『それでも人生にイエスと言う』の巻末にある詳細な解説の中で、「今年(1993年5月)の東京での講演で…」という文章を読んで初めて、フランクルが自分と一部重なる時代の人物であったことをあらためて知った。しかも彼の話を東京で直に聞けるチャンスさえあったのだ。

私の中で、フランクルは著名な人物というだけでなく、著名であればあるほど遠い歴史的な人物になってしまっていたのである。

フランクルはオーストリア生まれの精神科医、心理学者である。ユダヤ人であった彼は、第2次世界大戦中、3年間をアウシュビッツ、ダッハウなどの強制収容所で過ごした。収容所に入れられる前、すでに彼独自の理論(ロゴセラピー)はほぼ確立されていたが、その理論が収容所の絶望的な体験の中でさらに証明される結果になったという。本書は彼が解放された翌年に行った講演(第一講演~第3講演)の記録である。

「人間は、決して、目的のための手段にされてはならない」というカントの言葉以来、ヨーロッパは人間の尊厳について明確な思索の積み重ねを体験をしてきたはずである。

しかし、現実は、「死刑の判決を下された人間の生命さえも、最後のひとときにいたるまで徹底的に利用」する強制収容所の建設と運営という事実を生み出した。

強制収容所において人がどのような状況や思いで過ごしたかは本書のさまざまな場面で描かれている。よく「想像を絶する」という言葉が、過酷な状況について使われることが多いが、ここでは、私たちのそういった大雑把な思い込みを覆す一文を紹介する。

「私たちは、苦悩や、問題や、葛藤なしには生きていけないような状態をどれほど切望したことでしょうか。(中略)とにかく人間にふさわしく意味のある苦悩が課せられている状態をどれほど切望したでしょうか。」

私たちは日常生活の中で「苦悩」や「問題」「葛藤」から逃れることを願う。それは私たちが「日常」に生きているからであり、ともすればそれらから逃れることが「幸福」につながるものと錯覚してしまう。しかし、「日常」ではない極限的な環境下に置かれて、すべてをはぎ取られた人間は「動物のような苦痛や危険」のみが取り巻く世界の中で、人間らしい苦悩や問題、葛藤をこそ、人間の証として求めるというのである。


このような限界状況の中で、いかに生きることができるのか。どのような生き方が可能だったというのだろうか。

フランクルは言う。それでもなお、一人ひとりの「決断」の余地はまだ残されており、「最後の最後まで大切だったのは、その人がどんな人間であるか『だけ』だった」と。

それは収容された人々だけの問題ではなく、ポケットマネーで囚人のために薬を調達したナチス親衛隊員の収容所長、誰よりも囚人仲間を虐待した最年長囚人の存在も含めてのことであり、さらにはその時代、その立場や環境がいかに違っていたとしても変わらない事実なのだと。

私たちがこの講演記録を読む時、それは強制収容所の事実を知ることであり、フランクルがそこでの体験を通じて確信した人間心理の分析と対処法を学ぶことにもなる。だが、最も肝心なことは、本書の中から、自分自身にとってのフランクルの言葉を見出すことにあるのではないかと思う。

私自身、何度か読み直す機会があったが、そのたびに胸に居座ってしまう言葉と出会う。しかも、読むたびにその言葉は違っている。おそらくは、自分自身の精神的な変化や成長にともなって、そういった言葉は変わっていくものなのだろう。

ただ、一つだけ気にしていただきたい一節がある。私が何度読んでも、必ず読むことを休止してしまう一節である。「人生にまだなにかを期待できるのか」と考えてしまう私たちに対して、フランクルは「コペルニクス的」ともいえる転換を教えてくれている。「人生は私になにを期待しているか」を問いなさいと。

私にとって読書はいつも沈黙の行為である。だが、今回、あらためて本書を読む中で、私はめったにない体験をした。

「生き延びた私たちは、私たちといっしょにそこにいたもっとも立派な人たちが、そこを出ることがなかったことをわかりすぎるほどわかっていた‥」という一文を読んだ時である。

その瞬間、医者でもない、心理学者でもない、人間としてのフランクルの声が活字の中から聞こえたのである。読む側の思い込みがそうさせたのであろうと思う。しかし、私にはまさにそこにいる人の声のように聞こえたのである。

フランクルには会えなかった。その肉声さえ聞いたことがない。けれども、実際会うこと以上に、そしてその声を生で聞く以上に、本を通じて著者につながることは可能なのではないかと思った。

それは振り絞るような声であった。

<社会科 金子 暁(さとる)>



それでも人生にイエスと言うそれでも人生にイエスと言う

V.E. フランクル